白泉社(少女漫画界というのは、出版社による著者の囲い込みが厳しいそうなのだね。)
川原作品は少女漫画だ。しかし、その登場人物は美形ではない。スタイルも良くない。とりわけ頭が良いわけでもない。デリカシーもない。特殊能力も持っていない。でも、たまに持っている。とにかく、もぎゅもぎゅ食って、にぱーっと笑う、お気楽極楽なのんきもの・・・
白泉社文庫に殆どの作品が収録されている。2003 年 5 月現在の最新刊は「ブレーメンII」(白泉社社刊, ジェッツコミックス, 2002/12/19 に 4 巻)。これは文庫には収録されていない。
おすすめは、代表作とも評される「笑う
こうして挙げてみると、短編集「カレーの王子さま 食欲魔人シリーズ」が最も(私が思うところの)川原氏らしいといえるかもしれない。そして思うだに、96 年以降の沈黙と、「小人たちが騒ぐので」(白泉社、ジェッツコミックス)から「ブレーメンII」に至る沈滞が悲しいのだ。「ブレーメンII」は、遠慮なく言えば、自己模倣の悪弊に陥った駄作であるが、「メロディ」という雑誌で連載中の現在進行形であるらしいので、今後に期待したい。
川原氏作品の魅力は、なんといっても登場人物の人のよさ、善良さだ。少女漫画にあるまじき、ちんちくりんなスタイルとスライムのような輪郭、そして点目のキャラクターたちのなんと愛すべきことか。人のために泣き、怒り、「にぱーっ」と笑う。
「おまえが嬉しければ、わしも嬉しい。」
自分のためには泣かない、泣けない。なんとなれば、周りの人が悲しむかもしれないから・・・余りに善良すぎて悲しくなってしまう。しかし、ハリネズミのジレンマとは対極に位置する。だって、相手に対する全幅の信頼があるから。
「わしに意地悪するはずがない。されば、わしが悪いのだ。だって、この人はいい人だから。にへへへ・・・」
親切と優しいは違うと言った人がいた。親切は相手の先回りをすること。仕込んだ猿にもできること。そしてそんな自分に自己満足する人。そんな人には疲れてしまう。優しい人は役に立たないかも知れない。だって、そういう人は、こっちが悲しいと、自分も悲しくなってしまうのだ。でも、役に立たなくとも、悲しみが二倍になろうとも、いいではないか。人生万事塞翁が馬、なるようになる、なるようになれかし・・・
そしてペダンチックなストーリー・テリングと七五調の台詞回し。「美貌の果実」(白水社文庫)所収の「愚者の楽園」なんざ、そのタイトルだけで脱帽だ。さらに、博覧強記の中でも、歴史に関する造詣は一つの特色になっている。大学では歴史専攻だったそうなのだね。これは、「ボルジア家の毒薬」ことチェーザレ・ボルジアに題を取った「バビロンまで何マイル」(白泉社文庫、2巻)に極められる。この作品は女子プロ野球チームを扱った「メイプル戦記」(白泉社、花とゆめコミックス、3巻)と並び大変な難産だったそうで、残念ながらイタリア編で幕を閉じている。
そういえば、もう一つの特徴として、作中人物の再登場が挙げられる。松本零士、永井豪のあれだ。「甲子園の空に笑え」で豆の木広高校の監督をしていた広岡氏は「メイプル戦記」で女子プロ野球チーム メイプルスの監督に就任している。連載中の SF 作品「ブレーメンII」の船長は「空の食欲魔人」所収の「アンドロイドはミスティー・ブルーの夢を見るか?」の凄腕アストロノート キラ飛行士なのだ。
川原氏の扱うテーマは広い。歴史、SF、学園モノ、野球、食い物、囲碁、磯釣りと節操がないほどだ。しかし、作中人物たちはみな押し並べて、現実的なペシミストにしてのんき者。間が抜けていようが、賢こかろうが、憎み、恨み、妬み、嫉みとは縁のない人。衒学趣味で七五調、単純素朴なキャラクター。川原氏にはこれしか書けないのだろう。なるべくしてなった、というよりも、こんな風にしかできなかった、なにをやってもこんな風になったであろう人。川原氏は生粋のストーリー・テラー、稀に見る、己の全存在を掛けた創作活動をなしうるお人なのだ。
問題は、それで川原氏が満足しているかということだ。そういう意味では、川原氏は夢見がちだ。こんなに素晴らしい作品を送り出せる人ならば、そのレーゾン・デートルが氏を祝福するはずだが、川原氏はそんなところに安住できないのであろうように思える。
みんな みんな 運が良いといいね 楽しいといいね 幸せだといいね (甲子園の空に笑え!)
…そして まぶしくて まぶしくて もう何も見えない…… (銀のロマンチック…わはは)
2003/05/26