少女漫画

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少女マンガが好きだ。実は。

少女マンガにもいろいろなジャンルがある。例えば、「ぼくの地球を守って」とか「花咲ける青少年」とかの恋愛ものがある。例えば、「サイファ」、「Banana Fish」などのドラマものがある。例えば、「あさきゆめみし」、「日出処の天子」、「天上の虹」などの歴史ものがある。或いは、魔夜峰雄、一条ゆかりのギャグがあり、或いはまた、「燁姫」、「動物のお医者さん」のような業界ものがある。

これらのマンガが少年漫画と異なるのは、その人物や世界との関わり方だ。ぶっちゃけると、少女漫画というものは惚れた腫れたの恋愛モノが好きだ。これは、とりもなおさず、人間関係を描写することを命題としていることになる。

これもまたぶっちゃけた話、少女漫画というものは悲劇が好きだ。太宰治の「人間失格」のなかで、有象無象を「トラ」/「コメ」に分類するゲームに興じる場面があるが、少女漫画は「トラ」(トラジディ:悲劇)が好きだ。物心付けば皆薄々は気づいている通り、この世は自分の悲劇と他人の喜劇の綴れ織り。

つまり、少女漫画は、現実的なことを如何に美しく描くかに掛かっているといえる。例えば、少年漫画の場合、正義と悪の戦いで仲間が死んでも生き返るも定石だ。或いは、死んでも同じロールの別の仲間が現れて死者の穴はもともとなかったものであるかのように埋められる。処女漫画の場合は、悲劇好きなので、死んだものは生き返らない。死者は沈黙し、街には追悼の鐘が鳴る。

女の子がませているわけだ。野郎のガキは、そのころ「ドラゴンボール」に「キャプテン翼」、「筋肉マン」に「北斗の拳」でハンフリー・ボガートになるか北方譲三になるべく教育されている。それに眉を顰めたところで、カントにカミュにサルトルか、或いは筒井康隆か坂口安吾、或いはマルケス。そして或いは浅田彰か柄谷行人、或いは村上春樹かサリンジャー。

そんなわけで、針小棒大と揶揄されることもある少女漫画が好きだ。とりわけ、吉野朔美と陸奥A子が好きだというお話だ。

まず吉野朔美から始めよう。彼女(彼かもしれないが)の作品は、長編「少年は荒野を目指す」と短編連作集「いたいけな瞳」を読んだ。結論から先に言うと、マンガが上手い。絵が上手い、コマ割りが上手い、ストーリーが上手い。マンガという媒体を使うのが上手い。彼女は私小説的な題材をマンガにするのが上手いのだ。モノローグの使い方が上手いので、マンガが上手いのかどうかには異論もあることだろうが、何れにせよ、漫画という形態で表現することが上手いのだと言っておこう。そして、私がフィクションを語る人々に要求する、世界を美しく見せる力、美しさを発見する眼力を持っていると思う。

ネタとしてはピンキリだが、「いたいけな瞳」で見せたような、短編が描けるその力は素晴らしいものだ。そういえば、スピリッツで見たようなきもするが今はどうしているのだろうか。寡聞にして知らない。

さて、お次は陸奥A子。最初に見たのコンビニで立ち読みしたマンガ雑誌だった。四コマがたくさん載っているやつの巻末にカラーで載っていた。

2003/05/28


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