古典物理学とは、20世紀初頭に勃興した量子力学と相対論以前の物理学であり、発端は、ガリレイ (Galileo Galilei, 1564~1642)、ベーコン (Fransi Bacon, 1561-1626)、デカルト (Rene Decartes, 1596~1650)、ニュートン (Isaac Newton, 1642-1727)あたりの17世紀頃まで遡ることができる。
コペルニクス (Nicolaus Copernicus, 1473~1543)、ヨハネス・ケプラー (Johannes Kepler, 1571~1630)、ガリレイ (Galileo Galilei, 1564~1642)などの、16世紀頃の前近代物理学の学者たちも、先達の業績に基づいて、漸次的に発展させているので、量子力学や相対論のように、厳密に発端を指し示すことは困難だ。
いずれにせよ、古典物理学は、近代思想の発展と歩を共にしながら、15世紀~19世紀までの400年間に完成された、一つの完全な体系である。個別的な分野としては、次のものが挙げられる:
これらの基礎をなしているのは、力学であり、その基礎を与えているのが解析学だ。その射程を考えると、微積分学を創始したライプニッツとニュートンの功績は、力学に対するそれよりも大きいといえる。
古典力学は、絶対時間とユークリッド空間上で、ニュートンの運動の三法則に解析学を適用して構築される公理系である。
ユークリッド空間とは垂直に直行する座標系で表現されるものであり、絶対時間とはあらゆる空間上で一定の刻み幅をもって進み続ける時間のことだ。絶対時間とユークリッド空間と解析学が古典力学の基礎的なツールである。
その上で、古典力学を展開するニュートンの運動の三法則は次のようなものだ。
これを慣性の法則と呼ぶ。
ガリレイの提唱したものに遡ることもできるが、ガリレイ自身はアリストテレス物理学の影響から、等速円運動を自然運動と考えていた。等速直線運動を自然運動と考えたところに、ニュートンの慣性の法則の意義がある。
尚、他の法則を含め、ニュートンの運動法則は、ニュートンの独創ではなく、ニュートンがこれらの法則を公理として採用して体系を打ち立てたことに意義がある。
これを運動方程式と呼ぶ。
力と質量という非観測量を定量的に定義したところに意義がある。加速度は速度の変化分として、比較的古くから知られていた。力という概念も古くから直感的な量として知られてはいたが、その定義方法/観測方法が確立していなかった。ニュートンは、ここに質量という概念を与えて定量化した。彼が言ったのは、現代的には質量密度ということになるのだけれども、「形」と「重さ」という古典的な概念から出発したことを考えれば、自然なことだと思われる。
力が働かなければ、加速度は生じないので、静止/等速直線運動を維持するわけで、第二法則が第一法則を含んでいるように見えるが、そもそも、第一法則が成り立つ座標系を慣性系と呼び、慣性系でなければ第二法則は成り立たない。
これを作用・反作用の法則と呼ぶ。
物体Aが物体Bに力Fを作用するとき、物体Aは物体Bから逆向きで大きさがFである力-Fを受けているということである。これは、接触作用である場合は、直感的であるが、重力のような遠隔作用の場合は疑問を生じる。空間的に離れた物体間で、作用が瞬間的に伝播するということは、当時の無限や真空の概念からすれば、受け入れがたいものだったからである。しかし、これらの三法則に基づいた天体の運行モデルが、観測とよく一致したことが決め手となり、ニュートンの力学的世界観は一世を風靡し、西洋近代思想を一色に塗りこめていく。
質量や力は無批判に受け入れられた概念ではなく、ニュートン力学の体系の中で定義される抽象概念である。ニュートンの法則は、観測可能量と抽象的概念が混在している。観測可能量としては、位置の時間的変化率を速度 v とか、速度の時間的変化率を加速負度 a が挙げられる。抽象概念では、質量 m や力 F が挙げられる。また、運動というこれまた抽象的な概念を数量化するために、ここでは運動量 (momentum) p という量が m・v として定義される。また、ニュートンの法則では、運動や力が方向に分解できることを含んでいる。例えば、投射体の運動は、空気抵抗を無視できる場合は放物線運動となるが、これは、水平方向の等速直線運動と垂直方向の等加速度直線運動に分解される。垂直方向の重力しか作用しないので、水平方向には加速度が発生しないことにより説明されるが、そもそも、運動と力が分解できることを前提としなくては無意味な議論であり、事実分解して構成してみたところ、矛盾をきたさないので、有意義な仮定だといえる。
慣性の法則は、「F = 0 のとき、 p の時間的変化率は 0 である」と表現される。第二法則は、「慣性の法則が成り立つ系において、 F = m・a が成り立つ」、又は、「p の時間的変化率を F が与える」と表現される。加速度 a(t) は速度 v(t) の時間的変化率として定義されるので、p(t) = mv(t) の時間的変化率は ma(t) になるわけだ。第三法則は、「閉じた系において、 ΣF = 0 が成り立つ」と表現される。「閉じた」というのは、外界から力が作用しない世界のことで、「Σ」は総和をとる簡略記号で、「ΣF」とは、「いろいろな F についての和」という意味である。「連続な F についての和」であれば、∫F・dx と記述する積分で表現される。二体間であれば、物体 m1 に作用する力を F1、物体 m2 に作用する力を F2 とすれば、 F1 + F2 = 0, ∴ F1 = - F2 だ(「∴」は「ゆえに」という意味の数学記号である)。
ここで抽象概念と表現した量も、ニュートン力学の体系の下では、他の観測可能量から算出できる数量化可能量になるため、この体系の下では観測可能量となるわけだ。要するに、ニュートン力学というのは、一度受け入れてしまえば、観測可能量だけからあらゆる現象を説明することができる、とんでもない強靭さを持った体系なのだ。
これらの三法則に、重力方程式を加えて、微積分法により展開するのが古典力学に他ならない。
ニュートンによる運動の三法則に基づく古典力学は、単なる研究者の手法に留まらず、人間が世界を把握するモデルとして、思想に対しても大きな影響を与えた。ニュートンが生きた17世紀末のイギリスは、バージン・クイーンことエリザベス一世がスペイン無敵艦隊を破って産業革命が始まり、ブルジョアジー(市民)という新しい階級が勃興した。また、世相的には、1653 クロムウェルの清教徒革命から 1688 名誉革命(無血革命)へと続く王党派と議会派の熾烈な権力闘争が続く混沌の時代でもあった。このなかで教会の権威は失墜しつつあり、ジョルダーノ・ブルーノを火あぶりにし、ガリレイを裁判に掛けたような真似はできなくなっており、ニュートンの成功は当時の王権や教会に対して神が付与する権威を剥ぎ取るのに手を貸したことになる。
ニュートン力学は、その後多くの人々の手によって整備され、ついには合理主義的世界観、機械論的力学的自然観となって、近代西洋思想の底流をなすこととなる。ニュートンが採用した座標系という概念は、絶対時間とユークリッド空間という、人間が世界を認識する基盤を与えるものであり、運動方程式と作用・反作用の法則、及び、その後発展する解析的手法は、合理的であるとはどういうことかというモデルを提供する。西洋の神秘主義思想に迫力があるのは、このような合理主義に基づき揉まれているからであり、日本の神秘主義/東洋回帰潮流が軽薄なのは、もともと合理主義的を持っていないからだ。
ニュートン力学では、時間を基本的なパラメータにとって、質量、速度、加速度、運動量、力、角速度、角運動量などの観測可能な量の単位時間当たりの変化率をとりあつかう。このとき、ある瞬間の系の状態を知っていれば、過去現在未来のすべての現象を、原理的には言い当てられる。この宇宙が有限であれば、有限の時間内に、有限の計算能力でもって算出可能なのだ。ある瞬間の変化率と作用する力が分かれば、その後の変化率が分かるし、過去の場合も単に時間をマイナスすれば同じこと。これを決定論と呼ぶ。
したがって、この宇宙に偶然や気まぐれが入り込む隙は一分もない。ここから、神の恩寵や人間の自由意志をどうやって救済しようか。どういったところで合理主義に見放された、時代遅れの神秘主義に過ぎないではないか。フランス革命期、王政復古の天文学者/数学者のラプラス (Pierre Simon de Laplace, 1749~1827) は、確率論の大成者として名を残すが、解析論的決定論の信奉者で、「ある瞬間に宇宙のすべての原子の位置と速さとを知ることができるならば、未来永遠にわたって宇宙がどうなるかは、解析学の力によって知ることができるであろう」との賜った。この、「全能の神ならずとも全知の存在」は「ラプラスの魔 (Laplace's Daemon)」として知られる。彼の名は、ラプラシアン(ラプラス演算子、ラプラス方程式)、ラプラス変換などに残っている。
光学は古典物理学の観点からするとマイナーな分野に属するが、粒子説と波動説が競合し、興味深い議論が見られる。関連する分野として、波動力学、流体力学があり、オイラー (Leonhard Euler, 1707~1783)、フーリエ (Joseph Fourier,1768-1830) らの数学者の解析学的手法によって発展する。
光学は、ニュートンは光の粒子説を採用して基礎付けを模索し、ホイヘンスは波動説を提唱する。以降19世紀初頭まで光の粒子説が支配的であったが、ヤング (Thomas Young, 1773~1829)、フレネル (Augustin Jean Fresnel, 1788~1827)、フーコー (Jean Bernard L'eon Foucault, 1819~1868) らの研究により波動説が巻き返し、20世紀初頭の量子力学を待って統合されることになる。
電磁気学は力学と並んで古典物理学の大きな柱の一つである。
アンペール (Andre Marie Ampére, 1775~1836)、ファラデー(Michael Faraday, 1791~1867) などの業績を経て、マックスウェル (James Clerk Maxwell, 1831~1879) が、熱学、統計物理学を基礎として完成させたものであり、力学的な手法に基づいて完備された。マックスウェルの四つの方程式から構築される電磁気学は、体系の美を感じさせてくれる。
熱学は、マクロな熱的現象を対象としていることから、解析的な力学、電磁気学に比べると、現象論的といえるが、マックスウェルの関係式やボルツマンのエントロピーなど、物理現象を扱う理論の精微を感じさせてくれる。
ニュートン力学以前からボイル (Robert Boyle, 1627~1691) らによってニュートン力学とは独立して発展し、観測可能なマクロ量間の関係を示すマックスウェルの関係式及びその展開によって完成される。これらの業績を背景として、カルノー (Nicolas Leonard Sadi Carnot, 1796~1832)のエントロピー、ヘルムホルツ (Hermann von Helmholtz, 1821~1894)のフリーエネルギーなどの業績が積まれ、ついにはボルツマン (Ludwig Bolzmann, 1844~1906) が統計的手法を用いて、乱雑さの指標としてのエントロピーの導入、理想気体の分子仮説によるマクロ的現象の基礎付けが図られ、完備されていく。
18 世紀も後半に入ると、物理学の体系を、数学的に厳密化しようという機運が高まる。これが解析力学の流れであり、解析学の業績に基づき、物理学理論を整理しようという試みだ。名が挙がるのは、百科全書派のダランベール (Jean-le-Rond d'Alembert, 1717~1783)とその友人ラグランジェ (Joseph Lagrange, 1736~1813)、ハミルトン (William Rowan Hamilton, 1805~1865)、ヤコビ (Jakob Jacobi, 1804-1851)らである。これらの人々は、分類としては数学者に属し、解析学の見地から、物理学の理論的厳密さ、基礎付けを目的として研究したものだ。解析力学は、解析学の変分法に基づき、最小作用の原理を命題とする。特に、解析力学のラグランジェ形式、ハミルトン形式、その後のハミルトン-ヤコビ方程式などは、量子力学の発生において利用された基礎的な体系となる。ダランベーリアン、ラグランジアン、ハミルトニアンと呼ばれる解析的演算子は、現代物理学において、基礎的なツールとして利用されている。
これらを含めて、波動力学、流体力学、統計力学などの各論においては、物理学者と数学者による基礎付けとが入り乱れて、研究業績としての成果と思想への影響という別個の検討項目が必要となる。ニュートン力学では、時間と座標系が基礎的なツールだと以前に紹介した。時間も空間も、直感的な概念に過ぎず、ニュートン力学はまさに直感的現象を定量的に表現する道具だ。しかしながら、17c, 18c から 20c までの 200-300 年の間に古典力学は実に精緻に構築されつくした。そこから引き出される結果は汲めども尽きず、無尽蔵とも思われたが、その反面、人間の日常生活の常識からはかけ離れた方向へと純粋に、先鋭化していく。これを直感的に理解するには、ニュートン力学の体系を内面化する必要がある。その怒涛の快進撃が極北に達したのが 20c 初頭の相対性理論と量子力学前夜だ。
力学を基礎として、電磁気学、統計物理学、熱学に基づいて現代物理学の温床が準備され、量子力学、相対性理論が準備された経緯は、言わずと知れたアインシュタイン(Albert Einstein, 1879~1955)とその同僚であるインフェルトによる「物理学はいかに創られたか 上 下」(岩波新書、赤50, 51)、日本のノーベル賞受賞者で最も有名な朝永振一郎 (Shin-Ichiro Tomonaga, 1906~1979)の「物理学とは何だろうか 上 下」(岩波新書、黄85, 86)らに詳しい。また、数学者の列伝については、岩波の「解析概論 軽装版」で有名な解析学の巨頭、高木貞冶(治)の格調高い「近世数学史談」(岩波文庫)に詳しい。より現代的なアプローチとして、京大で数学史の草分けであった森毅「数学の歴史」(講談社学術文庫)、「異説 数学者列伝」(ちくま学芸文庫)も一読の価値がある。ウェッブでは、物理学者、数学者の列伝的情報に関して、Scientific Biography に網羅的なデータが掲載されている。