量子力学概説

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量子力学小史

量子力学、量子概念の発端を何処に置くかは人それぞれだろうが、おそらく正解は1900年前後に漸次的に浮上してきたものだという事だ。相対性理論と同様、量子力学も、古典物理学の爛熟と破綻が生んだ。

空洞輻射という現象に関して、1879年 Kirchhoff、1879年 Stefan, Boltzmann、1896年 Wien、1900年 Reyleigh, Jeansらの研究により古典熱力学の破綻が明らかにされた。そして M. Planch は、電磁波を粒子の集団の様に扱い、エネルギーを離散化することでこれを説明した。ここで粒子的性質と波動的性質を兼ね備えたモノを量子と呼んだ。彼はこの光量子仮説で Nobel 賞を受賞する。ここに、量子力学的世界観の神髄である Planch 定数が初めて世に現れたのである。しかし、彼はエネルギーは連続的であるという古典力学的信念を終生覆さなかった。

A.Einstein は、その Planch 予想を統計力学から数学的に導出し(1905)、更にこれを援用して光電子の存在を予想した。これは光の粒子性の直接的な証拠であり、光の量子仮説の検証である。彼の1921年のノーベル賞はこの予言に与えられた。相対性理論は当時、いまだ議論紛々として評価が定まっていなかった。

1913年、N. Bohr は水素原子模型を量子条件を課する事で説明し、1911-1924年の第一回 Solvey 会議を経た1924年、L. de Broglie は Einstein の光電子に習い、物質波を予測しこれを検出。翌1925年、1926年に、Werner Karl Heisenberg (1901-1976) と Erwin Schrödinger (1987-1961) が相次いで量子力学の体系を発表した。

Heisenberg の 行列力学では、行列が前面に現れる代数的な形式で、Hamilton の正準方程式を量子化したものだ。これは、Max Born (1882-1970)、Ernest Pascal Jordan (1902-1980)、Wolfgang Pauli (1900-1958)、P. A. M. Dirac (1902-1984) らによって形式化が進んだ。

Schrödinger の 波動力学は、微分方程式をで形式化された解析的なもので、古典解析力学の Hamilton-Jacobi方程式に変分法を適応して量子化したものだ。

P.A.M.Diracの仕事によって、 行列力学 と 波動力学 は等価なものである事が示され、現在の量子力学が成立する。量子力学の正統派解釈である、 Born の 確率解釈を Copenhagen 解釈と呼ぶが、これは古典力学的決定論に反する。この確率解釈とHeisenbergの不確定性原理とに、 Schrödinger, Einsteinらは終生反対した。量子力学的重ねあわせの原理に抵抗してSchrödinger が喩えた Schrödinger の猫、確率解釈に抵抗してEinsteinが述べた神はサイコロを振らずという言葉などは夙に有名だ。

さて、その後、量子力学には、第三の形式化が提唱されたが、これは、 量子電気力学 (Quantum Electro Dynamics, QED) の 繰り込み理論 を完成し朝永と共に Nobel 物理学賞を受賞した R.P.Feynman の 経路積分の方法である。これは、解析力学の最小作用の原理から出発する方法である。

シュレーディンガーの猫

シュレーディンガーの猫 (1935) という思考実験がある。シュレーディンガーが、ボーアの確率解釈に対する反論として述べたものだ。ほら見ろ、おかしいじゃないか、と。

シュレーディンガーの猫の作り方

密閉した容器の中に、放射性物質(ラジウム)と検出器と毒ガス(青酸ガス)発生装置と猫を入れておく。放射性物質が崩壊してアルファ線(He)を出すと、検出器が検知して毒ガスを発生させて猫が死ぬ。

シュレーディンガーの猫の量子力学的記述

放射性物質の崩壊確率を 50% とすると、状態が崩壊と非崩壊の重ね合わせの状態にあることになる。これは井戸型ポテンシャルに束縛された電子や原子でも構わない。存在確率は波動関数の絶対値の二乗で表現され、状態は重ねあわせ状態にある。検出器に検出されるかどうかは確率でしか表現できない。

放射性物質や電子の状態が重ねあわせ状態にあるなら、検出器が検出するかどうかは確率の問題で、検出器に検出される状態とされない状態の重ねあわせ状態にあることを認めることになり、人が観測することで波動関数の収縮が発生して物理量が特定されるまでの間、猫は生と死の重ねあわせ状態 |猫> = α|生> + β|死> にある。

実際には、電子/原子レベルの状態は簡単な波動関数で表現できるが、無数の原子/分子で構成された検出器や猫や毒ガス発生装置は、それらの原子/分子の重ね合わせの重ね合わせであり、とんでもなく複雑な状態にあるだろう。厳密に量子力学を適用するなら、原子や電子の波動関数を計算して、検出器を構成する原子/分子の状態を計算して、毒ガス発生装置や毒ガス、猫、覆い、空気などの原子/分子の波動関数も計算する必要がある。しかも、それらの間には相互作用がある。現在の計算力では宇宙が終わるまで計算しても解けない。

生と死の重ねあわせ状態にある猫、そんなの見たことないや、連れてきてよと、シュレーディンガーはボーアの確率解釈(コペンハーゲン解釈)を腐したのだ。見たことないのは当然で、見れば重ね合わせの波は収縮して即座に生/死が決定するので、見ることはできない。重ねあわせ状態は、人が覆いを取って「観測」した時点で収縮して、猫の生と死にまぎれはない。しかし、それまでの間は、生と死の重ねあわせ状態にある。それって、いかにも変じゃないかと言うわけだ。

重ね合わせに対する反論と再反論

重ね合わせなんて言わなくても、単に明日の降水確率は 50% だと言えばよく、晴れと雨の重ねあわせ状態の天気なわけではないじゃないかという批判もある。猫の生存確率が 50% なことは認めるが、生と死の重ねあわせ状態なんか認められるか、と。非常に受け入れやすい、常識的で妥当な見解に見える。

つまり、物理的実体は波動関数ではなく、波動関数の絶対値を二乗した確率にある。確率も単に理論的な統計数字であるだけで、物理的実体とは別のものだということだ。であれば、理論上は確率としてしか記述できないが、物理的実体としての猫は、常に生きているか死んでいるかであって、覆いを取るか取らないかには依存しないということになって安心できる。

しかし、それでは説明できない物理現象が多々ある。光子のスリットによる回折実験が有名だ。このとき光子は、確率的にしか位置を言い当てられないということ以上に、実際に複数の位置に存在していることを示している。認めた方が楽だから認めたのであり、残念ながらその違和感よりも成果の方が大きいのだ。「重ねあわせ状態」は物理的な実体であり、単なる表現上/数学上のトリック/便宜上の解釈ではない。

重ねあわせ状態から物理量を観測するとき、数学上は波動関数に演算子を作用させることになり、特定の軸に射影したその値が観測値になる。例えば、有名な話として、光子の位置を測定する観測装置と、波長(運動量)を測定する観測装置は、各々の物理量を別々に観測するものであって、排他的なものだ。何れか一方だけが観測される。同時にはできない。これを相補的 (complementarity) と表現することが多い。光子の性質が位置と波長を持つことは矛盾することではなく、相補的な性質だ。粒子的であることと波動的であることは排他的でも矛盾でもない。光子は粒子ではないが粒子的性質を持ち、波動ではないが波動的性質を持つ、そういうものだということだ。同時に測定可能なのは、交換可能な演算子 [A, B] = AB - BA = 0 の固有値だけであり、位置と運動量、z方向の角運動量などは交換可能ではないので同時には測定できない。

ここではシュレーディンガーの猫に対する解釈を打ち出すつもりはない。よく見る議論を再現して紹介することが目的だ。

シュレーディンガーの猫問題は問題ではない

シュレーディンガーの猫が生きているか死んでいるか、重ね合わせ状態にあるかどうかということは、分からなくても、実は困らない。研究活動を阻害するインシデント(異常)ではなく、取り除いて解決すべきデフェクト(欠陥)もない。

なぜなら、知りたければ覆いを取ればよいからだ。物理量とは観測結果(演算子の演算結果)であって、特定の観測装置が作用して初めて発生するものだ。観測していない事象の物理量を云々はしないし、してもサイエンスとしては意味がない。観測しないと再現できず、再現できないことは研究できないし役に立たない。

それでは気持ち悪いから解釈論争が発生するが、理論的に矛盾せず、観測結果と矛盾しなければ、現場の研究者が実用に具するに当たって何も困らないのだ。そして、量子力学に矛盾する現象は通常の適用範囲ではみつかっておらず、十分実証された強靭な理論だ。その一方で、理論的な矛盾は、相対論との整合性において夙に有名で、素粒子論に対する適用でも、標準理論や超ひも理論などが議論されている最中で、全体としてやわな理論でもある。そういったホットスポットに比べれば、猫の生死は、研究活動においてはたいしたことではなく、単なる好き嫌いですらある。

そしてシュレーディンガーの猫は踊る

アカデミックな分野で検討される解釈にも色々ある。エヴェレット流の多世界解釈、ボルンのコペンハーゲン解釈(確率解釈)、ノイマンとウィグナーによる人間原理などが有名だ。

  1. 猫は、物理的実体として、生きている状態と死んでいる状態が混ざり合った、重ね合わせの状態にある
  2. 猫は、物理的実体としては、生きている状態か死んでいる状態の何れかであって、理論上は原理的に決定できないだけである

検討項目も色々ある。

  1. マクロな猫や検知器に該当させられるか。
  2. 該当させられないなら、適用できる範囲の限界は何が決定するか。
  3. 重ねあわせを収縮させる観測とは何か、収縮の物理的過程はどのように記述するか。
  4. 重ねあわせが収縮しないなら、重ねあわせが干渉する条件は何か。
  5. 重ねあわせで記述できるものとできないものを区別する要因は何か。

個人的には、検出器に定着した時点で、原子核の崩壊やアルファ粒子の位置は「観測」され決定するのだから、猫の状態は生か死の何れかであり、覆いの外からは分からないだけだと言いたい。そしてここから堂々巡りが始まるのだ。検出器も原子/分子の集合であるから重ねあわせで記述すべきだとか、いや、マクロな物体に対しては重ね合わせの効果は無視できるほど十分小さいから常識と矛盾しないとか、そもそも覆いの役割は何だとか、覆いをとっても研究室が密閉されていたらどうだとか、いや、地球がそもそも宇宙から見て密閉されているようなもので、宇宙は確実に密閉されているのですが何かとか、であれば歴史自体が決定不可能な重ね合わせにあるのだとか、いや、全く同じ状態に時間発展する状態間でだけ干渉が発生するのだとか、いろいろ、いろいろ言い出したらきりがない。

シュレーディンガーの猫の波動関数の収縮を批判した思考実験として、ウィグナーの友人というものもある。猫の代わりにウィグナーの友人を入れて、毒ガスの代わりにランプを点灯させる。ウィグナーが電話で友人に、ランプが点灯したかどうかを聞くのだが、波動関数が収縮したのは、ランプが点灯したのを友人が見たときか、それともウィグナーが電話で友人からランプが点灯したことを知らされ崩壊したことを知ったときか。そしてシュレーディンガーの猫は生と死の狭間で踊り続ける。

量子力学に挑戦する思考実験は後を絶たない。その中で、シュレーディンガーの猫を産んだ Einstenin らによる EPR パラドックス (Einstein-Podolsky-Rosen, 1935) は、それに刺激されたベルの不等式 (1964) を産んだ偉大な思考実験だ。

次のような文献が原典だ。暇つぶしには e-Print archive や図書館で原典に当たることを勧める。使われている数学に高等教育は必要ない。最高でも高校数学で十分だ。

シュレーディンガーの猫に関する決定版の解説を、寡聞にして知らない。色々な本がいろいろなことを言っている。本を読むときには、沢山ある中の一つの解釈として、学びの目ではなく、批判的目で読むことが必要だ。


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